コラム「点睛」 印刷新報・2026年10月8日付
正月のお節料理の予約宅配で、大幅な遅配のうえ届いた中身がぐちゃぐちゃ、杜撰すぎる業者が大バッシングを受けた事件があった。個人的には、安値すなわち「お得」と飛びついた注文側にも非があると感じた▼4日に閉幕した愛知・名古屋アジア大会。数々の運営トラブルが大会に冷や水を浴びせた。日本の失態でもある。GLイベンツ社への発注経緯と組織委員会との関係を徹底検証し、教訓として生かさないと、再び同じ過ちが起こる▼「安かろう、悪かろう」というにはあまりに巨額だが、発注者には常に経費抑制の監視の目が光る。それは、自治体や民間企業のたとえ10万円の発注でも同じだ。コスト削減圧力と、良い品質、安心・安全な製品・サービスとのせめぎ合いに、どこかで解りやすい通路を作らなければならない▼全印工連が目指すSR調達の普及はその解決策のひとつだ。安値受発注の歯止めと併せて、SRの視点は有力な線引きとなる。ただし、加点方式は新たな混乱も招きやすい。まずは、発注者が失点を防ぐ目的で企業のSR評価を取り入れるような誘導が普及の早道ではないか。 (銀河)
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学び直しは技術変化の早さを理由に語られることが多い。「リスキリング」と表現すれば、職能を習得し直す意味に受けとめられる。だが、自分の価値はどこにあり、何をもって生きていくのかを改めて見つめる″生き直し”を伴わなければ、変化に翻弄されない軸ができない。「リカレント教育」寄りの意識が大切になる▼学び直しが必要なのは従業員だけではない。従業員の生活を預かり、会社の舵を取らなければならない経営者こそ向き合うべき課題だ。印刷業界でも高いレベルに挑戦する経営者が多い。岐阜県のO社長は、名古屋市の大学院で事業承継をテーマに経営学を専攻し、今年3月に博士前期課程を修了した▼東京・新宿のI社長は大学院でマーケティング理論を専攻し、請負に終わらない製品の付加価値創造について研究。東京・墨田のN社長は、出身大学の研究室の協力を得て、紙加工が感性評価に与える影響を探り、いずれも経営戦略に活かしている▼漠然とした把握を理論で裏付けることにより、知見と軸と自信が生まれ、お客や社員に対する説得力も増す。学び直しに年齢は関係ない。 (銀河)
近頃、下を向いて歩いている。気分が落ち込んでいるのでも、カネを拾おうとしているのでもない。タバコの吸い殻である。数分も歩くと、軽く10本は落ちている、いや、捨てられている。日本中となれば気の遠くなる本数だ。想像するだに恐ろしい▼読んだ本の一節に、ニコチンが排水溝や土中に溶け込む害、鳥などがエサと間違えて誤飲する害が書かれていた。今まで知識がなかったわけではない。だが、なぜか今回は頭から離れなくなった。こうなるともういけない。会社の周囲でも、通勤途中でも、家の近所の散歩でも、目線はどうしても下に向かう。あるわ、あるわ。どうして今まで見過ごしてきたのかが信じられない▼ポケットには常にティッシュ、鞄には収納できる小袋など。もちろん拾い切れるわけはない。急いでいる時も、面倒な時もある。そして、気づいていながら素通りする自分への罪悪感。翌日に同じ道で、同じ吸い殻を拾い直すこともある▼おそらく一生外せない枷をはめられてしまったようだ。初老の男にいったい何が起きたのか。これまでの悪行を濯げという天の声か。謎である。 (銀河)
ついにロボットもここまで来たか。8月26日まで北京市で開かれた人型ロボットの世界競技会。100m走はボルトの世界記録を上回り、バドミントンでは実に滑らかな動きでラリーを繰り広げる。驚異と脅威、感動と不気味さが入り混じった不思議な感情が湧く▼製造業その他で人型ロボットが全面的に導入されるのは時間の問題だ。単純作業、危険作業への人の従事は大きく減るだろう。進化の先には、人間国宝並みの職人の技能をロボットが代替してもおかしくない。肉体を使う仕事はAIに奪われにくいとされるが、それもどうやら怪しくなってきた▼「ターミネーター」の世界が現実に迫る。そして、ロボットとドローンによる代理戦争も。ゲーム感覚が人間を麻痺させれば、人類の破滅まで一直線だ。人に残されたのは、テクノロジーと利益追求の暴走を食い止める、愛と倫理と対話の全面発動。対応を誤れば、自らの居場所を消滅させてしまう▼少子化で部員が足りない小中学校のチームスポーツや、高齢化が著しい農家で活躍する従順で疲れ知らずの助っ人。そんなロボットたちの温かい夢を見たい。(銀河)
人の命に軽重はないが、このたびの熊本地震でとりわけ胸のつぶれる思いがするのは、一度避難して助かったにもかかわらず、「売上金を金庫に入れてきてほしい」という会社の指示でイオンモール熊本に戻り、爆発の犠牲となった女性の悲劇だ。あれほどの巨大地震の直後に、建物に戻っていいはずがない。職場の論理が正常な状況判断を狂わせたか▼東日本大震災では、避難していながら、自宅に残してきたお金や貴重品を取りに戻ったばかりに津波の犠牲となった方がいた。「なにより命が大事」とはいえ、長年蓄えてきた財産をムダにしたくない心情はよくわかる。それでも、戻ってはいけなかった▼例は違うが、工場作業者の機械への巻き込まれなどの重大事故は、大事な製品を破損させてはいけないと、無意識に力を入れて守ってしまうために起きると聞いた。とっさに逃げること、手を放すことができない。責任感の強い人ほど、製品のために我が身が犠牲になる▼緊急時にあっては、まず「逃げる」「手放す」。日頃から心の中で想定する訓練を繰り返していても、いざとなると至難なことではある。 (銀河)
民間活力へのテコ入れを軸とする経済産業省の「エンタメ・クリエイティブ産業戦略2026」には、耳障りのいい言葉が並びすぎて、かえって不安になる。これまでの反省点に挙げた作品製作への過小投資や低い海外売上回収率、海賊版被害についても、「市場の失敗」と記述している▼25年度末で540億円もの累積赤字を抱える「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」の問題と切り離して考えることはできない。なぜそんな事態に陥ったのかを曖昧にしたままでは、同じ失敗を繰り返す▼もとより日本が創り出すコンテンツの魅力は決して小さくない。弱点は、それを収益に結びつけられる人材とスキームの不足だろう。戦略の中に掲げる「クリエイターの育成・確保」や「融資活用による資金確保」より優先すべきは、魑魅魍魎が跋扈する国際エンタメ市場で、権利分配の問題に精通し、実利をもたらすタフネゴシエーターの育成だ▼たとえ失敗しても、再び挑戦に立ち上がれる環境づくりこそ国に期待したい。あの他人に容赦ない批判を浴びせる韓国でさえエンタメで世界に飛躍している。(銀河)
「プリントフルネス」―いい言葉だと思う。ここから何を想起されるだろうか。埼玉県印刷工業組合は、4年の歳月をかけて議論し、組合員各社が誇りを持ち、立ち返ることのできるコンセプトを打ち出した。惠理事長は「ペーパーレスを一言でかき消し、印刷の力を見せつける。そんな自分たちを鼓舞する不変的な言葉として使っていきたい」と話す▼決して印刷物礼讃ではない。新しい価値を創るための再定義を目的に考えた。「印刷の力をフルに使って人の心を豊かにしていく」(惠理事長)。そのための合言葉である▼印刷は、高度に完成された技術であると同時に、応用範囲は極めて広い。社会に貢献できる可能性をまだまだ秘めている。そこをもっと深掘りしていくべきではないか。業界人自身の愛情が冷めかけていると感じる▼15世紀半ばに始まったグーテンベルクの印刷術は、550年の時を経てインターネット、AIによるデジタル革命を迎えた。情報の限りない膨張がもたらす無秩序。膨張し続け終焉に向かう宇宙のイメージが付きまとう。誰も止められない流れの中で、人は何を豊かさとするか。 (銀河)
シャープは、事務所移転や人事異動、周年行事の際に贈られる祝花や祝電に代えて、医療支援活動を展開するNPO法人への寄付を取引先に依頼する取組みを今年5月から始めた。中元や歳暮、年賀状などを廃止する企業が近年増えたが、相手の礼は尊重しつつ、ムダをなくし、かつ社会課題解決に貢献する活動として評価したい▼寄付を行った取引先の情報は、法人を通してシャープに共有される。この仕組みなら、面倒な思いを巡らせずに、「すっきり」と意味のある支出ができる。「祝花・祝電はご遠慮願います」というより、ずっと明瞭でいい▼企業間の祝花・祝電の類は、全国で膨大な金額に上ると思われる。旧弊を見直す動きが広がれば、大きな社会のうねりとなる。もちろん、花や言葉も、使い方によっては真心を伝える大切な手段。変わらず良さは残るも、現代に合った新しい選択肢が増えているということだ▼かつて事務所移転をした会社に、30鉢ばかりの胡蝶蘭が届いた。中に一社だけ、電気ポットを贈った取引先があり、とても重宝したと聞く。これも心遣いの表し方のひとつである。(銀河)
サッカーワールドカップがスペインの二度目の優勝で幕を閉じた。政治的な摩擦、肥大する金権主義、過度なエンターテインメント性の追求など、とかく物議を醸した大会だったが、試合での競り合いや個々の美技・超技を観れば興奮し、同時に勝負の厳しさから学ばされる▼6月14日のハイデル・フォーラム21全国大会で講演したサッカー解説者の松木安太郎氏は、ルールがどんどん変わる現代サッカーにあって選手には、予測不能な変化に対する対応力、すなわちセルフマネジメント力が最も求められる資質であり、それは企業組織も同じだと語った▼また、歴代の日本代表を見続けてきたなかで、「出場しない選手が『自分も関わっている』という強い自意識を持って最大限の努力をするようになったことで日本チームは強くなった」と分析する。わずかな出場時間だったが、長友佑都選手は確かなキーマンだとも▼26人枠から先発11人、交代5人を含めても10人は試合に出られない。松木氏は「26番目の選手が積極的に役割を果たす、そのエンゲージメントがあれば最強のチームができる」と断言する。(銀河)
水俣に行き地魚の刺身を食したいとずっと思いながら、まだ果たせていない。「宇宙世紀 はじまる にっぽん ひご みなまた」と石牟礼道子が宣言した水俣である。彼女は、公害という言葉は使わない。国と企業による「虐殺」だと断言した▼オウム真理教の麻原彰晃は、水俣から45キロ離れた八代の生まれ。ここでも水俣病申請をした人がいる。顕著な症状である視覚障害を患い、コンプレックスを抱え、やがて教祖に至る。作家の藤原新也は麻原の兄に会い、「隠れるようにして弟の智津夫の水俣病申請をした。当時、申請をすると八代ではアカと後ろ指を差された」との証言を引き出している。もうひとつの虐殺につながる道だ▼患者たちが病よりも辛かったのは、地域での差別や偏見だったという。残された国でいじめを受け、帰国して生活の術がない中国残留孤児と重なる。最も痛苦を味わった者が疎外されねばならない不条理▼今年は水俣病の公式確認から70年。未だに被害者全員の救済は終わらず、不知火患者会は国に訴え続けている。来年3月11日は、『苦海浄土』石牟礼道子の生誕百年にあたる。(銀河)
「白黒パッケージ」は今年の流行語大賞にノミネートされてもおかしくない。不謹慎かもしれないが、それほど世間に与えた衝撃は強かった。インキ、印刷、包装の価値に目を向けさせる効果は確かにあった。と同時に、実際に2色の「ポテトチップス」「かっぱえびせん」の袋を見た時、素材のシルバーの光沢感がなかなか洒落ていて、悪くないと感じたのも事実だ▼日印産連が主催するJPC(ジャパンパッケージングコンペティション)の今年の授賞式で、経済産業省の来賓、審査員長のデザイナーが中東情勢との関連でパッケージを語ったのは異例だった。資材価格への対応の中で、制作コンセプト、デザイン、製品設計の見直しが進む可能性がある▼個人的には、できるだけ石油由来製品の購入を控えようという意識が働くが、ほとんどの食材がラッピングされている現状に、逃れられない無力感が湧く▼その一方、確実に省資源化、簡易包装化の流れが商品に現れているのが見て取れる。消費者に選ばれる大事な要素でもある。これまでの“当たり前”が変わるのは、常に大きな危機に遭遇してからの話だ。 (銀河)
CanvaやAIの普及によってデザインスキルのハードルが大きく下がってきた。個人や一般企業でも安価に一定レベルのデザインが可能になり、制作会社はもちろん、印刷会社の存在価値や収益構造が問い直されている。デジタル化が印刷工程のフロント部分をより汎用化させる構図が続くなか、最終的に形あるモノに仕上げる加工の価値に光が当たる▼大阪府印刷工業組合の今期プロジェクトでは、新規市場の創造について研究する。髙本隆彦理事長は「誰もが簡単にデザインできるようになると、それを形にしたい欲求が生まれる。情報を形にするのが得意な印刷業は、その受け皿になる方向性を示したい」と変化の中にチャンスを見ている▼実用性・機能性から意味性や体験価値へ、情報伝達媒体から感情導入媒体への転換が、印刷業が今後追求すべき重要なテーマになる▼出口から発想するにしても、単に加工技術を磨き、高付加価値の印刷物を造るだけでは美しい花火で終わる。だれに、いつ、どこで、どんな形で手に取ってもらうのか、説得力ある設計と提案を伴って初めて持続的な効果が生まれる。(銀河)
出版科学研究所の新刊発行データによると、4月は『書物を楽しむ』(朝日新書)、『積読こそが完全な読書術である』(ちくま文庫)など“読書”をテーマにした新刊が11点と活発だった。三宅香帆氏の『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、2024年)あたりから、この傾向が強まった気がする▼スマホ、AIで簡単に情報を得られるようになった一方で、このままでいいのか? と自問する人が増えているのではないか。ただし、それは中高年以上の年齢層に限った話かもしれない▼まだ書評しか読んでいないが、稲田豊史氏は新刊『本を読めなくなった人たち』(中公新書ラクレ)で、Z世代を徹底的に取材し、「文章が長いと読む気がしない」「ネットで十分」「動画の方が楽」といった多数派の本音を引き出した▼それだけなら、さもありなん。稲田氏の一番の気づきは「本を読む習慣が全くなくても賢い子はいる」という事実だった。知性の質が変わりつつある。複雑な気持ちだが、これまで未開だった人間のある種の能力(脳力)が急速に耕され始めていることは認めるしかない。 (銀河)